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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)3172号 判決

原告

押田潔志

右訴訟代理人

橋本勝

被告

共栄社油脂化学工業株式会社

右代表者

片岡清夫

右訴訟代理人

鷹取重信

古川静夫

家近正直

出嶋侑章

山崎武徳

桑原豊

林幸二

横泉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金六一二万円及びこれに対する昭和五七年五月一一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告の答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、昭和四七年七月二九日から同五五年一月三〇日まで株式会社である被告の代表取締役社長であつたが、同五五年一月三〇日に開催された株主総会において取締役には選任されたものの、これに引続いて開催された取締役会において代表取締役社長となることができず、常勤取締役となり、さらに同年九月一日に開催された臨時株主総会の取締役会において非常勤取締役となり、昭和五七年一月二九日、任期満了により取締役を退任した。

2  ところで、昭和五五年一月三〇日に原告が取締役に再任されたことに伴い、原・被告間に従前同様株主総会の決議によつて定められた被告の会社における取締役報酬の総額の範囲内で、代表取締役社長と常務取締役とにより決定された報酬額に対して各取締役が承諾を与えるという方法により、原告の取締役在任中の報酬(以下「役員報酬」ともいう。)を月額九三万円とする旨の合意が成立した。その後、原告の右報酬は、昭和五五年七月から、従業員のべースアップに伴い、慣例に従つて月額九六万円に増額された。

3  ところが、被告は、原告が昭和五五年九月一日の取締役会において、常勤取締役から非常勤取締役となつたことを理由に、同月分から原告の取締役としての報酬を、原告の承諾を得ることなく、従来の月額九六万円から月額六〇万円に減額し、以後原告に対し、原告が取締役を退任するまでの一七か月間、毎月報酬として六〇万円を支払つたにすぎない。

4  一旦具体的に定められた取締役の報酬は、当該取締役の同意がない限り、被告においてこれを一方的に減額することは許されないのに、被告は、原告の同意を得ることなく、一方的に原告の報酬を減額したのであるから、右減額の措置は違法であつて、被告は、原告に対し、従前と同額の報酬を支払う義務がある。

5  よつて、原告は、被告に対し、役員報酬請求権に基づき、昭和五五年九月分から同五七年一月分までの一七か月間の役員報酬の合計一六三二万円から、すでに支払を受けた一〇二〇万円を差引いた未払役員報酬六一二万円と、これに対する各弁済期の後で、訴状送達の日の翌日である昭和五七年五月一一日から支払済みに至るまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

同4、5の主張は争う。

2  原・被告間に、昭和五五年九月一日、新たに締結された原告が被告の非常勤取締役となる委任契約の内容として、原告の役員報酬を月額六〇万円とする旨の合意が含まれていた。すなわち、

一般に、取締役の報酬は、その職務に関する労務提供の対価であり、その地位、業務の内容等その責任の多寡に応じてその額が決定されるものであつて、その与えられた最少限の業務上の責任も尽さない取締役に対しては、報酬を支払わない旨の決定をすることも違法ではなかいというべきであるところ、原告は、昭和五五年九月一日、原告が常勤取締役から非常勤取締役に就任することを承諾したことにより、原・被告間に新たな委任契約が締結され、以後原告は、従前の取締役としての日常業務を遂行する責任をすべて免除されたから、右新たに締結された委任契約には、原告の役員報酬について、被告において、一般的な妥当性を有し、合理的な範囲内において、原告の新しい地位に相応する額を決定することができる旨の原・被告間の合意が含まれていたか、原告においてこれを暗黙に承諾していたものというべきである。

そこで、被告は、原告の非常勤取締役としての職務が、常勤取締役の場合とは異なり、月一回の取締役会に出席すること以外には何ら業務を担当することはなくなつたことを考慮し、その報酬額を、月額六〇万円としたのである。

もとより、原・被告間の前記合意により、被告が、原告の非常勤取締役としての報酬を新たに決めることができるにしても、それが他の取締役らに比較して極端に低いとか、原告の生活を維持することもできないとかいう非常識のものであつてはならないが、本件において、原告の非常勤取締役としての新しい報酬は、前記の通り、月額六〇万円であるところ、当時被告の常勤取締役のなかには、その報酬が月額五〇万円の者もいたのであるから、原告の右報酬月額は決して低いものとはいえないのみならず、原告は当時七八才の高令で、しかもその扶養家族は妻一人であつたところからすれば、通常の生活に困らないのみか、前社長として相応しい生活が保障されていたものというべきであつて、その報酬は決して低くないのである。

3  仮に、原・被告間に原告の役員報酬の減額についての合意が認められないとしても、次のとおり、事情の変更があつたから、被告において、原告の承諾を得ることなく、一方的に役員報酬を減額することができるものというべきである。すなわち、会社と取締役との間の法律関係は委任契約に基づくものであるところ、民法は、委任に関して、「委任カ受任者ノ責ニ帰スヘカラサル事由ニ因リ其履行ノ半途ニ於テ終了シタルトキハ受任者ハ其既ニ為シタル履行ノ割合ニ応シテ報酬ヲ請求スルコトヲ得」と定めていることからして(民法第六四八条三項)、受任者の報酬は、委任事務の内容、質、最などに応じた額が予定されており、このことは、事前に報酬額の定めがある場合でも同様で、その委任事務の内容の変化に伴い、合理的な増減のありうることが予定されているのである。そして、役員報酬は、業務執行の意思決定に参加することの対価たる性質のものと、会社代表、業務執行の対価たる性質のものとに二分されるものであるところ、同じ取締役でも、日常業務を分担し、対内的にも対外的にも、責任ある立場で全力を傾けて働く取締役と、格別分担業務や責任ある特定業務もなく、単に月に一回ないし二回程度開かれる取締役会に出席して意見を述べる権限と責任のみを有する取締役との間に、その報酬に差異のあるのは当然であるから、当該取締役において、常勤取締役から非常勤取締役となり、会社代表、業務執行を行なわなくなれば、この事情変更を理由にして、その報酬を減額することもできると解すべきである。したがつて、取締役の報酬は、その在任期間中、原則的には、当該取締役の同意がない限り会社が一方的に減額することはできないと解されるであろうけれども、会社の業務縮少、当該取締役の病気や会社にとつて不利益な行為をしたことを理由にその職務内容が質的に変化し、形式的には取締役であつても、取締役としての実質的な活動を求められなくなれば、それに応じて当該取締役の同意がなくても、その額を増減することができると解すべきであり、そうでなければ、会社の機能的運営も望めなくなる。判例も、役員報酬は、その職務の繁閑勤怠成績等により差が生じ、勤怠成績の如何によつては、全く報酬を支給しなくてもよい場合もあり、かつ、一旦報酬額が定められても、当該取締役の参与または同意ないし随意に変更することができるとしているのである(大審院昭和七年六月一〇日判決、民集一一巻一三号一三六五頁)。

これを本件についてみるに、原告は、昭和五五年一月三〇日の取締役会において常勤取締役に就任したところ、被告は、原告には右以後被告の代表権はないけれども、被告のために日常の業務を分担遂行して貢献して貰うことを期待し、かつ、原告の従前の被告に対する貢献も考慮して、その報酬月額を九三万円と定めた。ちなみに、原告の後に就任した代表取締役の報酬は、月額八八万円である。ところが原告は、代表取締役としての職務を担当することができなくなつたことに対する不満もあつてか、その後、被告の業務に協力しなかつたばかりか、かえつて被告の利益にならない言動をしたり、さらに、原告が代表取締役社長をしていた時から被告を代表して就任していた、訴外日本石鹸洗剤工業会の監事の任期が昭和五五年四月に終了し、同じく日本界面活性剤工業厚生年金基金の理事の任期が同年九月にそれぞれ終了することになつていた上、当時、原告が七八才という高令であつたので、被告は、同年九月一日、原告を非常勤取締役として、原告の業務上の責任を一切免除した。したがつて、それ以後、原告は、月に一回の被告の取締役会に出席して意見を述べる以外は、被告の会社に出勤する必要もなくなつたので、被告は、原告の報酬を月額六〇万円に減額したのである。

以上のような原告の職務内容の質的変化及びそうならざるを得なかつた事情の発生など諸般の事情の変更を考慮すれば、原告の報酬の減額は止むを得なかつたのみならず、他の取締役との対比における公平の原則、並びに、取締役の報酬と雖も、委任事務処理の難易、質、量に対応すべきものであり、かつ、労働に対する対価という性質をも併せもつている点を総合して考えれば、被告が原告の報酬を昭和五五年九月一日から月額六〇万円に減額したことは合理的であり、法律に違反しない有効な措置というべきである。

なお、被告が、後記三3で前記大審院判例を変更したと主張する最高裁判所昭和三一年一〇月五日の判決は、本件と事案を異にするものであつて、本件のように、取締役の地位、業務内容に重大な変更があり、その労働の対価として報酬が余りにも高額になり過ぎた場合にまでその報酬を減額するについて当該取締役の同意が必要であるとしているのではない。

4  仮に役員報酬を減額するには、当該取締役の同意が必要であるとしても、それは会社の各決算期内において妥当するにすぎず、次の期の報酬額は、従前の額に拘束されることはなく、期毎に会社の予算の決定に伴つて定めることができると解すべきところ、原告が常勤取締役から非常勤取締役となり、その報酬が減額されたのは、昭和五五年九月一日であつて、昭和五四年一二月一日から同五五年一一月三〇日までの被告の第七〇期の期中であつたから、同期中は被告において一方的に原告の役員報酬を減額することができないとしても、第七一期の始まる同年一二月一日からは、被告において原告の役員報酬を減額することができるものというべきである。したがつて、原告の本訴請求は、昭和五五年九月分から同年一一月分についてのみ理由があるにすぎない。〈以下、省略〉

理由

一原告が、昭和四七年七月二九日から同五五年一月三〇日まで株式会社である被告の代表取締役であつたところ、同五五年一月三〇日の株主総会において取締役には選任されたものの、これに引続いて開催された取締役会において代表取締役となることができず、常勤取締役となり、さらに同年九月一日の取締役会において非常勤取締役となり、昭和五七年一月二九日、任期満了により取締役を退任したこと、原・被告間において、昭和五五年一月三〇日、従前同様株主総会の決議によつて定められた被告の会社における取締役報酬の総額の範囲内で、代表取締役社長と常務取締役とにより決定された報酬額に対して各取締役が承諾を与えるという方法により、原告の役員報酬を以後月額九三万円とする旨の合意が成立し、その後、原告の報酬が、同年七月から、従業員のべースアップに伴い、慣例に従つて月額九六万円に増額されたこと、ところが、被告が原告が昭和五五年九月一日の取締役会において、非常勤取締役となつたことを理由に、原告の承諾を得ることなく、同月分から原告の役員報酬を、従来の月額九六万円から月額六〇万円に減額し、以後原告に対し、原告が取締役を退任するまでの一七か月間、毎月報酬として六〇万円を支払つたにすぎないこと、はいずれも当事者間に争いがない。

二ところで、被告は、原・被告間に昭和五五年九月一日、新たに締結された原告が被告の非常勤取締役となる委任契約の内容として、原告の役員報酬を月額六〇万円とする旨の合意が含まれていたか、あるいは、原告は、原告の役員報酬を減額するにつき黙示の承諾をしていたと主張する。

しかし、本件における全証拠によるも、被告の右主張事実を認めることはできず、かえつて前記当事者間に争いがない事実及び原告本人尋問の結果によれば、被告においては、従前から取締役の報酬は、取締役に就任後、各取締役の同意を得て決定され、任期中に報酬を減額するには、各取締役の同意を得て行われていたこと、原告は、昭和五五年九月二〇日に同月分の報酬を受領して始めて減額の事実を知つたことが認められるから、被告の右主張は失当である。

三次に被告は、原告の役員報酬を減額すべき事情の変更があつたから、被告が原告の役員報酬を月額六〇万円と定めたことは正当であると主張するので、この点について判断する。

1  株式会社の取締役は、株主総会における選任決議の後、当該取締役が就任することを承諾することにより選任されるものであり、会社と取締役との関係は、会社から法律行為及び法律行為以外の事務を委任されるものであるから、委任ないしは準委任であつて、民法の委任に関する規定に従うものと解されるが、報酬については、特別の事情がない限り明示、黙示の支払特約があると考えられる。

ところで、株式会社にあつては、その意思決定の最高機関は株主総会であるが、現実の具体的業務執行の意思決定は、取締役によつて構成される取締役会によつて行われるところ、取締役には、右のように取締役会を通じて業務執行について意思決定に参与するばかりか、同時に業務の監査にも参与するのであつて、そのためには各取締役が右機能を充分に発揮できるようその地位の安定が図られなければならない。我が国の商法は、株式会社が取締役を解任するには、株主総会の特別決議を要する(商法二五七条)など慎重を期しているのであるが、一旦定められた取締役の報酬が、その後一部の取締役等によつて自由に減額され得るのであれば、右法の趣旨は没却されてしまうことになる。したがつて、一旦定められた役員報酬は、原則として当該取締役の同意がない限り、その任期中に減額することは許されないと解すべきである。しかしながら、株式会社と取締役との関係は、前述の通り委任または準委任の関係にあるから、役員報酬は、基本的には当該取締役の委任事務処理、すなわち、その職務執行に対する対価であると考えられるところ、取締役には代表取締役をはじめ会社の業務執行を担当する取締役と、全取締役が担当する会社の意思決定等にのみ参画する取締役とがあり、その担当する業務の内容も異るから、右業務分担に応じて各取締役の報酬額に差異を設けることは必ずしも違法ではなく、したがつて、取締役がその任期の途中において、当該取締役の承諾の下に従前担当していた業務執行を担当しなくなつてその職務内容に変更が生ずる等の事情の変更があつた場合には、例外的に会社において当該取締役の同意を得ることなく一方的にその報酬を減額することができると解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、前記当事者間に争いがない事実及び〈証拠〉を総合すると次の事実が認められる。すなわち、

(一)  被告は、資本金一億五〇〇〇万円、従業員約三〇〇名の株式会社であつて、原告は、昭和二二年に被告に入社後、一時退社した期間はあつたものの、昭和三七年一月に監査役となり、その後取締役総務部次長、常務取締役、専務取締役に就任し、昭和四七年七月からは代表取締役社長であつたところ、昭和五五年一月三〇日の株主総会において取締役に再任されたので、原告としては、当時の経済情勢が厳しく、かつ、現在の被告代表者の片岡清夫が当時三二、三才であつて年令的にも若いことから、引続き原告が被告の代表取締役社長としてその経営に当りたいと考えたけれども、前記株主総会に引続いて開催された取締役会において、被告の代表取締役には右片岡清夫が選任され、原告は、役付となれず、単なる常勤取締役となり、原告もこれを承諾した。そして原告の役員報酬は、それまでの原告の被告に対する貢献度を考慮して月額九三万円と定められ、その後昭和五五年七月から、従業員のべースアップに伴い、慣例に従つて月額九六万円に増額された。

(二)  原告は前述の如く昭和五五年一月三〇日に取締役に選任されて以来、その職務として特定の日常業務は定められていなかつたけれども、常勤取締役として毎日被告の会社に出勤し、数字の分析、得意先の情報の収集等をしていたが、被告の代表取締役当時に就任していた日本石鹸洗剤工業会の理事及び監事、日本界面活性剤工業会及び日本界面活性剤工業会厚生年金基金の各理事の地位に引続きあつたので、毎月二回程東京等に出張し、被告を代表して右各理事会に出席するなどして、被告のために対外的活動をしていた。

(三)  ところが、原告は、その後昭和五五年四月には、日本石鹸洗剤工業会の理事及び監事、日本界面活性剤工業会の理事を退任し、また、同年九月には、日本界面活性剤工業会厚生年金基金の理事を退任することになつていて、被告のために対外的活動をする必要はなくなることであつたし、また、それまでの原告の態度が、被告の経営に協力的でなかつたことなどもあつて、被告は、昭和五五年九月一日開催の取締役会において、原告を常勤取締役から非常勤取締役とし、以後、原告は、毎月一回開催される被告の定例取締役会に出席するのみで、毎日出勤する必要のない取扱いとすることとし、原告もこれを了承した。

(四)  そして被告は、原告が非常勤取締役となり、毎日出勤する必要もなかつたところから、原告の報酬については、当時の代表取締役の報酬が月額八八万円であつた外、当時新たに選任された取締役の報酬が月額五〇万円であつたことや、従前の被告の役員の報酬が原告の意向で、概ね社長が一〇〇、常務が六〇、平取締役が四〇ないし五〇の各割合とされており、昭和五四年六月当時の役員報酬は、右割合以上に差があつて、社長が一〇〇とすると、常務が約七〇、平取締役が約二八ないし約六一であつたこと、などを考慮して、原告の右昭和五五年九月分以降の報酬を月額六〇万円に減額することとした。

(五)  なお、原告は、右被告の非常勤取締役となつた昭和五五年九月一日以降は、現実に、毎月一回行われる被告の定例取締役会に出席した以外は、被告の会社に出勤せず、また、対外的活動のための出張も、その後被告会社を退職する一年七ケ月の間に、約四回出張したことがあるに過ぎなかつた。そして、右原告の出席した定例取締役会においても、原告は、ほとんどその意見を述べなかつたもので、右以後、被告に貢献することはほとんどなかつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

3 右認定の事実によれば、昭和五五年一月三〇日以後原告が被告の常勤取締役であつたときも、その職務として特定の業務内容は定められていなかつたけれども、一応毎日被告の会社に出勤する必要はあつたし、また、日本石鹸洗剤工業会その他の団体の理事等として、被告を代表して右各理事会に出席し、被告のために対外的活動をする必要があつたのであるが、同年九月一日に被告の非常勤取締役となつて以後は、毎日被告の会社に出勤する必要はなく、また、前記各団体の理事等を退任したところから、その職務として、被告のために対外的活動をする必要もなかつたのであるから、従前にくらべその職務内容に重要な変動があつたもので、原告の報酬を、その同意を得ることなく減額をすることのできる事情の変更があつたものというべきである。

もつとも、原告は、原告が被告の常勤取締役であつた当時も、非常勤取締役になつてからも、取締役の本来の業務である被告の定例取締役会に出席して意見を述べる点において変わりはなかつたから、その職務内容に変更はなかつたと主張しているが、原告が被告の定例取締役会に出席して意見を述べる点では変りがなかつたとしても、前述の如く、原告は、被告の非常勤取締役となつた以後は、被告の会社に毎日出勤する必要がなく、かつ、被告のために対外的活動をする必要がなくなつたのであるから、被告において一方的にその報酬を減額し得る事情の変更があつたというべきである。したがつて、右原告の主張は失当である。

そして、前記認定の如き当時の被告の他の取締役の報酬額や、その他前述の如き諸事情からすれば、被告が、原告の承諾を得ることなく、昭和五五年九月一日以降の原告の報酬を月額六〇万円に減額したことは相当であつて、何ら違法はないというべきである。

なお、原告の主張する昭和三一年一〇月五日の最高裁判所判例は、本件とは事案を異にするものであるから、前記判断は、何ら右最高裁判所に抵触するものではない。

四以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告は昭和五五年九月分以降、被告に対し、月額六〇万円の報酬請求権のみを有するにすぎず、それ以上の報酬請求権を有するものではない。よつて、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(後藤勇 八木良一 小野木等)

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